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ぼくは一匹のタラバガニと同居している。「同居」という言葉に困惑しないでもらいたい。「飼って」いるとは言いたくない。こいつはぼくの生活の一部、数少ない友達の一人、どんな悩みも打ち明けられる存在なのだ。もう5年くらいの付き合いになる。

 

名前は「ミゲル」という。ぼくが出会った頃にはもう「ミゲル」という名前が付いていた。名付け親が何を思って、よりによってタラバガニへ、天使ミカエルに因んだ男性名を与えたのかは分からない。何か差し迫った理由でもあったのだろう。

 

僕の毎日は「ミゲル」を中心に回っている。ぼくと彼の良好な関係を保つには、たくさんやるべきことがあるのだ。

3/28

今日は落書きをして、外に出て、本を読んだ。終わり。

 

主人公っぽいキャラクターの外見を考えて、漫画を描こうとしたけど無理だった。2コマ分のネームを描いただけで頭が痛くなった。

 

家にいると無限にツイッターをやってしまい恐ろしくなったので、自転車で辺りをぶらぶらすることにした。中高生の頃からそのへんを散歩する癖があったから、近辺でもう行ったことのない場所は無いかと思っていたのだけど、以外とあるものみたいだ。

 

適当に自転車を走らせていると、川を跨ぐように設置された鉄塔に出会った。ガードレールには「のぼらないでください」の注意書き。電線の通ってる、見るからに危なそうな鉄塔を登る奴なんているのかと思う。けど実際にそんなことをする奴がいるから注意書きを設置しなくちゃならないのか、それとも何が口うるさい団体からの指摘でやらざるを得なくなったのか、そんな感じのどうでもいいことを考えながら帰宅した。

 

帰った後は「ペンギンの憂鬱」を読み終えた。最近出た小説かと思っていたら約20年も前の作品だったらしい。結末にはどこか人間の滑稽さみたいなものを感じた。

 

ひとまず三日続いた。文字通りの三日坊主で終わらないことを祈りたい。

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「ころころ」

「サイコロを振りましたね」

「2だ。同じ目が2回出たときの景品はどうなってる?」

「お答えしましょう。1、猫の死骸  2、平成6年  3、昭和天皇  4、すくすくと成長する発泡スチロール  5、しまむら電気 6、オ  です」

「へぇ、じゃあぼくがもう一度 "2の目" を出せば、きみから "平成6年" をもらえるわけだね」

「その通り、早く残りのサイコロを振ってください。」

3/27

今日は絵を描いて、それから図書館に行って小説を借りた。「ペンギンの憂鬱」

借りた小説はおもしろい。文字数が少ないのもあるけど、するすると読める。他のロシア文学も読みたくなってきた。

最近、何も考えていないような気がする。思考するための枠組みも、思考するための言葉も結局誰かの借り物でしかない。SNSで大量に流れてくる情報を摂取するばかりで、何もしていない。

B「勉強が分からないから教えてほしい」

A「何が分からないの?」

B「何が分からないのかも分からない」

高校生の頃はBの気持ちが分からなかったが、今なら痛いほど分かる。周りの人間と比較して知性が圧倒的に足りないのは分かっているのだけど、「では何をすれば良いか?」という問いに入ると途端に立ち竦む。知らなくてはならない、覚えなくてはならない、理解しなくてはならない物事が無限にあるように思えて、怖気づいて結局何もできなくなる。

今日やったことを文章にして二行で片付くような奴がまともな人間と呼べるのだろうか。

3/26

今日は絵を描き、少しだけ勉強をして、あとは無為に過ごしていた。

最近は毎日家に居る。延々と、同じような光景の中で同じような行動ばかりしていると気が狂いそうになってくる。

絵を見てくれる人がいるのは嬉しい。けど自分のは単なる趣味でお遊びの域を出ない。美術系の学校で学んでいる人の作品に比べたら、くだらないものばかりだ...などと考えると虚無感に襲われて何もできなくなる。趣味でやってるくせに、本業の人たちと比べて勝手に落ち込むのなんて馬鹿馬鹿しいとは思ってるのだけど。

今更何をやっても手遅れな気がする。が、何もやらなかったら今よりも更にどうしようもない人間になってしまう。それは怖い。

自分の文才の無さを呪いながら、今日のところはこれで寝る。